日本の若者におけるヮサビと辛味の嗜好性に関する アンケー卜調査結果

摘要

ヮサビは日本で栽培化された数少ない栽培植物である. 飛鳥時代の遺構から「ヮサビ三升」と書かれた木簡が見つ かるなど，その歴史は古い（奈良県立檀原考古学研究所，2002).同時に出土した複数の木簡記録から，その遺構は 薬草園跡と考えられたため，当時ヮサビは薬草と認識され ていたと推察される.料理での利用の初めての記録は，最 古の料理書の一つとされる鎌倉時代の厨事類記にみられる (犒,川侯，1929).現在のように根茎をすりおろして薷麦 や寿司の薬味として用いられるようになつたのは江戸時代 以降と考えられている（寺島，1991;山根，2010a).現代の 和食文化にもつながる独自の料理法がこの時代に確立さ れ，庶民へ浸透していった背景には，同時期に現在の静岡 県を中心とした地域で肥大した根茎を対象にした品種育成 や栽培が行われるようになり，ヮサビの江戸への大量供給 が可能になったことが大きかったと考えられる.江戸期以降数百年以上かけて浸透したヮサビ文化は，その後の日本 人の『辛味』に対する嗜好性に影響を与えた可能性がある. このことを示すデータとして，日本人と韓国人の辛味に対 する嗜好性の違レ、を調べたアンケート結果が報告されている（日比ら，2001).興味深いことに，韓国人においては辛 味の嗜好性がトウガラシと一致し，日本人ではヮサビと一 致していた.このことは，身近な食材の存在が『辛味』と いう感覚に影響を及ぼす可能性を示しており，植物の存在 が人間文化に影響を与える例としても興味深い.近年の DNA分析の結果，ヮサビは日本固有種であることも明ら かとなつている（Yamaneら，2016).つまり，ヮサビの辛 味成分は日本で独自に進化した産物であり，このヮサビの 特性が，日本人特有の辛味嗜好性をつくりあげた可能性を 示している.ところが最近，スーパーのパック寿司でもヮ サビ抜きが一般化し，回転寿司チ:cーン店においても全皿 ヮサビ無しとなっているなど，「寿司にヮサビ」が当たり 前といえない状況となっている.山根による現地調査でも ヮサビ離れを懸念する声が聞かれ，特に若者において顕著 である現状が浮かびあがってきた（山根，未発表).しか しながら，こうした「ヮサビ離れ」の実態は科学的に検証されたことはなかった.そこで本研究では，若者のヮサビ離れを検証することを 目的とし，全国の高校生を対象に文書によるアンケート調 査を行った.若者のヮサビ離れの実態を明らかにするとと もに，ヮサビに対する嗜好性とその背景にある要因を明ら かにし，対応策を検討することを目的とした.