音楽のなかの有限ヒ無限

摘要

人間の脳に宿る〈世界像モデル〉が有限系をとるか無限系をとるか……。社会ごとに異なる「文化という名の脳機能体系」の対比のなかから有限の星，地球にふさわしい生存戦略を探るのが，この連載の主題です。〈無限系世界像モデル〉（1）のもと，実際には有限の地球を無限であるごとく操作してきた近現代文明の限界は，いまや明らかです。こうした取り違えは何を招くか，その象徴的な経緯を，西欧中世を舞台に躍り出た早咲きの「先端科学技術」の精華〈オルガン〉を対象に迫っています。ポリフォニーの時代に入ると，音の高さが固定されてリアルタイムに調節できないパイプを音源にもつオルガンでは，人問にとって自然な，つまり遺伝子と脳にプリセットされた〈本来の和音感覚〉に一致する音の組合せは，わずかの種類しか成り立たないという限界が表面化します。この問題は，「音律のやりくり」という作戦で乗り切られる道を辿りました。それは，生物としての人間の自然性に譲歩を強いるとともに，音楽に無限系世界像が侵入する契機にもなっていきます。