高等教育の質向上に向けた高大接続改革に思う

摘要

新年明けましておめでとうございます。この一年が会員の 皆様にとって健康で充実したものでありますようお祈り申し 上げます。小生が2012年10月に東京工業大学（以後東工大）学長 に就任してから5年4か月が過ぎ，今年3月末を以って任 期満了となります。その間，我が国の高等教育（原則として 高卒以上の教育）のあり方，特に国立大学（2004年以後は 国立大学法人）におけるあり方について，そして東工大の役 割について精一杯考え，行動してきたことには自負がありま す。我が国には国立大学法人は86あり，その役割と形態は 様々です。その中で東工大は創立以来産業界との強いつなが りを重視しつつ，有為な人材を主としてアカデミア，産業界 と官界等に輩出し続けて来た役割を誇りに思い続けてきまし た。しかし今その役割を今一度考えなおさなくてはいけない 時期にあると考えこの5年余の歳月を過ごしてきました。そ の危機感とは，これまで我が国の社会は伝統的な大学入試に おける偏差値相当を基準として大学を格付けし，企業は採用 に当たってどの大学を卒業•修了したか，そして学生の専門 性については主として所属していた学部•学科，あるいは研 究科•専攻によって判断し，在学中にどのような知識をどの レベルまで身につけてきたかについては問わずに採用して来 た嫌いがありました。そして採用された若者は産業界で鍛え られることによってその潜在能力を発揮して企業の期待に十 分に応え，戦後の我が国の高度成長を作り上げ，支えること に多大な貢献を果たしてきました。このような仕組みは国内 に閉じてみる限りは良い循環を保って来ましたが,そのよう な企業の採用基準は21世紀に入って大きく様変わりし始め たのです。近年の企業が求める人材はどこの大学を卒業•修 了したかではなく，専門基礎知識に基づく柔軟な思考に加え て自分の意見をしっかりと話すことができるか，チームとし て仕事をしていくために必要な協調性があるか，世界を舞台 に活躍して社会貢献を果たそうという意欲はあるか，といっ た能力が重視されるようになったのです。すなわち，希望す る大学に入学出来た後は卒業や修了要件を満たすこと，そし て次のステップとしてできるだけ良い条件の企業に職を求め てより安定な人生を送るためのレールを歩むことに目標を置 くのではなく，将来の自分はどのような分野で社会貢献を果 たすのか，そしてそのためにはどのような能力を身につけな くてはならないかを考えつつ自らを鍛える若者を認める時代 になったということでしょう。人間社会のグローバル化とい う言葉はすでに古くなりましたが，その中身は重要です。我 が国の有為な若者は世界の優秀な同世代と協力し，渡り合い ながらより良い人間社会を形成するために寄与する志と気概 を持たなくてはならない時代になったということだと思いま す。このような状況を鑑み，東工大は2016年4月に大規模 な教育改革をスタートさせ，学生の学ぶ意欲を育て，積極的 に様々なことに挑戦しながら大学生活を送ることが出来る体 制を作り上げているところです。