成体脳におけるニューロンの新生と移動·成熟

摘要

要約：近年，ヒトを含む多くめ哺乳類の脳に,終生ニュー口ンを産生し続ける神経幹細胞が存在することが明らかになつた.これらは側脳室側壁の脳室下帯に存在し，ここで産生された新生ニューロン（ニューロブラスト） は嗅球までの長距離を移動して，介在ニューロンに分化する.この「ニューロン新生」の一連の過程は，分裂. 増殖，移動，分化，生存などの多段階で複雑に制御されており，未だ不明な点が多い.本稿では，ニューロブラストの移動を中心に，我々の研究内容を含めて最新の知見を紹介する.嗅球に向かうニューロブラストの移動には，細胞接着や細胞骨格を制御する分子，誘引·反発性のガイダンス分子など，様々な分子が関与することが報告されている.最近我々は，側脳室の壁面に並ぶ上衣細胞の一定方向への協調的な繊毛運動によって形成される脳脊髄液の流動が，ニューロブラストの移動方向の決定に重要であることを示した.また，ニューロンの脱落を伴う脳の傷害が生じると，生理的にはニューロン新生が行われていない部位に新生ニューロンが出現する.我々は線条体梗塞モデルマウスを用い，梗塞巣に出現する新生二ユーロンの起源が脳室下帯であることを明らかにし， その移動機構について現在解析を行っている.新生ニューロンの多くは，生理的にも傷害部においても，神経回路に組み込まれることなく早期に死滅するため，この生存のメカニズムの理解も，再生.修復過程の促進には不可欠な課題である.これに関して我々は，臨床的にアルツハイマー病治療薬として用いられているコリンエステラーゼ阻害薬の長期投与が，新生ニューロンの生存を促進することを見いだした.成体脳におけるニューロン新生の一連の機構には，多くの未解明の課題が残されているが，成体脳の一部では個体発生と同様な現象が持続し， 再生·修復機能が潜在しているという事実は，生物学的にも臨床医学的にも多くの可能性を秘めたものである.