線虫の行動遺伝学

摘要

線虫C。 エレガンス（C. elegans）は体長が約1mmの小さな生物である。 腸，表皮，筋肉，神経，卵巣と精巣など，動物の基本的な構造を備えている（図1）。 自然界では土壌中あるいは堆肥などの環境で，バクテリアなどを餌に生育する。 この種の特徴は，雌雄同体と雄とが存在することである。ただし，雄はまれにしか生じない。雌雄同体は単独で卵子と精子の両方を作り，受精卵を産み落とすので継代飼育が容易である。 生殖細胞を除く全細胞数は約1，000個であるが，そのうち神経細胞は302個で，すべての神経細胞が同定されている。 さらには，神経間の結合がすべて明らかにされており，全神経回路が既知であるという，他の生物にはない特長をもつ。 もう1つの特長は，重厚な遺伝学の基盤である。 行動異常の突然変異体をみつけ，どの道伝子に原因変異があるのかを決定することにより，行動に関わる遺伝子を発見することができる。 さらに，その遺伝子を人為的に改変し，行動にどのような変化が起こるかを知ることができる。本稿では，このような解析から明らかになったC．エレガンス（以下，単に線虫と呼ぶ）の行動および行動可塑性のメカニズムに関する知見のいくつかをかいつまんで紹介する。