生物多様性情報の整備•提供とオープンデータ化

摘要

生物多様性情報のオープンデータ化を語る機会があるが，データを管理するわれわれに対し，オープンデータの推進を主張する方がたは，「とても気楽に」データの公開を主張する。初めのうち私自身も公開を推進すべきと考えていたが，次第に懐疑的になっている。公開推進の立場に変化はないが，現職で3年経過し「壁」が明確になってきたということである。3.では課題を3つ挙げたが，3つは別々ではない。調査の実施にはハイアマチュアや研究者の調査者としての参画が必須であるが，同時に希少種等の生息生育位置情報，情報の所有や取り扱い等のデリケートな課題がある。そのため，生物多様性センターがオープンデータ化にこだわって各種の情報を公表したいと考えると.調査者の協力を得られかねないわけである。とくに，3.3および4.1で記載したモニタリングサイト1000ウミガメ調査の事例は，オープンデータ化を推進するために調査者に配慮する形でのルールやマナー，場合によっては予算措置といったものが必要であることを示唆しているし，今のルールのない状況では，生物多様性情報の収集の前提としてオープン化を位置づけることは，収集情報の減少や収集の困難化につながる可能性すらあるということを暗示している。オープン化の今後の議論において，このルールの必要について十分ご検討いただきたい。データの所有等権利の保全は重要ではあるが，さらに重要な点は，データの公開が調査対象の保全にどう役立つか，という点であろう。多くの調査者は調査対象の保全を望み，そのために調査を行っているからである。また，ウミガメ関係者に指摘されるまでもなく，データを活用したい人こそみずから基礎データをとって共有化を図るべきであろう。もしくは，データをとる調査者を何らかの手段で支えていくべきである。幸いにして，モニタリングサイト1000に参加の研究者のように，みずからデータをとり公開しつつデータベース利用することを実践している事例は多い。ウミガメ調査の今後については，未定ではあるものの，現在調整中の対応を記載した。上記の「ルール」のーつのアイデアと考えていただきたいが，万全と言えるものではない。4.に記載したその他の2件については，課題に対する対応策ともなりえる新たな取り組みについて記述した。「いきものログ」については，その運用により生物多様性情報の相互利用，共有化の促進が期待される。地方分権により分断された国と各県の生物多様性情報を集約するプラットホームとして活用が可能なほか，さまざまな主体が市民参加型調査を実施することにより，今まで国が担ってきた生物多様性保全情報の作成が一般市民や研究者によって担われる状況が生まれる。つまり，トップダウン型からボトムアップ型へのパラダイムシフトが起きるわけである。ただし，この際も「システムを作るだけではデータは集まらない」というごく当たり前の事実を認識する必要がある。いきものログで現在行われている参加型調査を比較するとデータ収集件数はまるで違う。優れた調査者を確保し，モチベーションを維持するための広報活動や枠組みづくりの手間ひまのかけ方の違いが起因しているのは間違いない。この枠組みづくりで特筆すべきものが「鳥類繁殖分布調査」である。オープンデータ化は推進するベきである。公開されない情報には意味がないと言っても過言ではない。しかし，それがデータを収集する妨げになっては本末転倒である。わが国が誇る研究者やハイアマチュアの参加を得ながら多くのデータを収集し，保全政策を推進するとともに，より幅広く公開するという，じつは矛盾する点もある難しい課題をこなさなくてはならない。