浮遊性有孔虫のNeogloboquadrina pachydermaの巻き方向は水温を反映するか？--環境指標としての有効性と課題

摘要

これまで，N．pachydermaの巻き方向が，ある水温を境に変化することから水温の指標として用いられてきた．しかし,N．pachydermaの巻きは水温のみに規制されているわけではないことが最近の研究から指摘されてきている．トラップ観測を用いた時系列の群集変化からN．pachydermaの巻き方向の比率は，水温のみではなく栄養塩にも影響を受け，特に左巻きのN．pachydermaとシリカとの密接な関係が示唆された。 また，分子系統解析からN. pachydermaの巻き方向は個体の成長時期の水温に規制されているのではなく，すでに発生当初からの遺伝子レベルで決定されているという可能性が示唆された．以上より，N. pachydermaの巻きの比と表層水混との対応というのは，異なる種がそれぞれ最適な生息環境に適応分布した結果かもしれない。 しかしながら，N. pachydermaの巻き方向比率は古環境を解析するにあたり，他の方法よりも簡便に求めることのできる有用な指標である。左·右で別種であっても同様の有効性があり，今後もプランクトンネット，セジメシトトラップ，堆積物試料による2形態の分布や生態学的研究がなされ，生息環境との詳細な対応が明らかになればよい総合環境指標となる可能性がある．