PTSD治療とトラウマ記憶の消去学習;

摘要

要約：PTSD (心的外傷後ストレス障害）は，トラウマ体験後に生じる特徴的な症状群であり，再体験，回避， 精神麻痺，過覚醒の各症状から構成される.PTSDではトラゥマ体験の想起刺激に接すると，容易に再体験症状 が出現するばかりでなく，突然の物音などの剌激にも過敏となりやすい.このような変化は卜ラウマ体験により 形成された恐怖条件付け反応と見なすと理解しやすい.また，条件付けられた恐怖反応は，通常は実際の脅威が 去れば消去の過程をたどるのであるが，それが回復せず持続する点は，回復過程での「消去の失敗」として捉え ることもできる.動物実験の結果からは，内側前頭前野を破壊すると恐怖の消去が阻害されることが明らかにさ れている.また恐怖反応形成に関わるとされる扁桃体は内側前頭前野と互いに神経線維を投射しており，内側前 頭前野による恐怖反応制御は，扁桃体への神経線維投射を通じてのものと考えられている.このような消去学習 のメカニズムはPTSDの治療論とも符合する.現在，PTSDの治療法としてPE療法（Prolonged Exposure)等の 曝露療法の有効性がもっとも高く評価されているが，治療では安全な環境のもとでトラウマ体験を想起し，また 回避している事物に段階的に曝露することを繰り返す.これは強度を弱めた形の刺激を反復することで馴化を促 し，過剰な反応の消去をはかることにほかならない.筆者らは本邦において，PE療法のランダム化比較試験を 実施し，さまざまなトラゥマ体験に起因した男女のPTSD患者に対する有効性を検証し報告した.またその効果 量は，海外の先行研究の結果に匹敵するものであった.最近，NMDA受容体のァゴニストであるD-サイクロセ リン（DCS)が消去学習のヱンハンサーとして注目されており，恐怖症に対する曝露療法の効果を増強する作 用が認められている.PTSDに関しては，より重症なケースではプラセボに比べDCS投与群でPE療法の症状改 善度が優るという結果も示唆されている.