インド北東部のチベット系牧畜民プロクバの乳加工体系 一アルナチャル、プラデ一シュ州ウェスト、カメン県ディラン、 サ一クルにおける冷涼湿潤地域の事例ー

摘要

乾燥地帯に起原した乳文化が湿潤地帯に伝播した際, どのように文化変遷するかを検討するために, インド東 北部ァルナチャル'プラデーシュ州ウェスト、カメン県 ディラン、サークルの湿潤地帯でチべット系牧畜民を対 象に調査をおこなった。インド北東部ヒマラヤ山脈南斜面のチべット系牧畜民プロクバの乳加工体系の特徴は,1)発酵乳系列群の乳加工技術を適用し, 2)チャーニングには蓋付きの攪拌桶を利用し, 3)乳脂肪分画の最終形態がバタ一であり, 4)チーズは天日乾燥させることなく, 水分含量の比較的高いままで長期保存し, 白力ビを利用し熟成させている, とまとめることができる。白カビを利用した熟成チーズを加工、利用していることが最大の特徴である。2010年からはクリ一ムセパレーターが普及し, 人工的にクリームを分離するようになり, 酸乳が乳加工体系から欠落する一方, バタ一や白力ビ熟成チーズの加工は継承されている。白カビ熟成チーズのチユラとバタ一のマルとは, ブロクバの人びとにとつて日常の生活の中で不可欠な食材であり, 極めて重要な位置を占めている。プロクバにとって, 脂肪分の摂取は主にバターに, 乳タンパク質の摂取は主にチーズに依存しているといっても過言ではない。従って, クリ一ム セパレ—ターが普及してもバターや白カビ熟成チーズの加工は継承されたものと考えられる。ヒマラヤ山脈東部 南斜面地域における発酵乳系列群の乳加工技術は, 西ァ ジァ型の発酵乳系列群の乳加工技術を土台としながら, 北アジア由来の攪拌器具の影響を受け, 冷涼性のもとに 乳脂肪分画の最終形態がバターとなり, 冷涼湿潤性とダシ食文ィ匕とが白力ビ熟成チーズを誕生させるといった独 自な変遷へと迎つてきたと考えられる。