編集後記

摘要

村上春樹や東野圭吾など小説の分野は違うが，一部の人気作家を除いて，売り出された単行本が何年も書店の本棚に並んでいることはそうそうない。後は文庫化をじっと待つしかないのだが，2004年に発売された松浦寿輝の小説『半島』が最近文庫に入った。内容は難解ではないのだが，夢幻といった言葉が自然に浮かんでくる不思議な味わいの作品である。吉田健一の『金沢』などに通じる優雅な隠遁小説。大学教師を辞めた主人公が半島と橋につながっている島での暮らしが，荒れた植物園やヴェトナム料理店，廃坑跡の坑道など背景を変えながら語られていく。寂れたビルの中にあるバーで主人公が飲むスペイサイド地方のシングルモルトのウイスキーが豊潤な香りを漂わせていた。