黄土高原•退耕還林地区における食糧供給チャネルに関する一考察: 全国退耕通林模範県である呉起県を例に

摘要

黄土高原は中国西北部に位置する半乾燥地域であり，世界で最も土壤侵食の激しい地域の一つである。黄土高原では1999年以降，土壤侵食を緩和し，地域の環境を改善する方策として，主に斜面耕作地を植林し，実施者に食糧や補助金を支給する「退耕還林」プロジェクトが実施されてきた。黄土高原における退耕還林以前の伝統的な農生産物は，丘陵斜面を中心に作付されるアワやヒエ，ソバなどであった。清朝末期において当該地域の農業従事者の主な生産活動も，これらの穀物生産であり，収穫された穀物の大部分は彼ら自身により消費されていた(秦，2001)。全国退耕還林模範県である呉起県では，何ほか(2008)によって退耕還林による生活状況の変化に関する報告がなされており，農村住民から最も一般的に閡かれる実感の一つとして，「当該地域で生産が困難なコメ，コムギが食生活の中心となり，生活の質が大きく改善された」という意見が記されている。このような食糧生産や食生活に対する変化は，退耕還林地区での食糧供給上の課題を生み出すものとして，様々な研究において社会経済的な評価がなされてきた。しかし，既存研究の枠組みは，地域内における穀物自給状況や自給能力に着眼したものが多く，外部地域との食糧供給を介した繋がりが想定されていない(楊，2015；王ほか，2013,等)。そのため，地域の状況を十分に踏まえたものとはいえなかった。本研究では，食糧を介した黄土高原と外部地域との関係を明らかにすることによって，既存研究の枠組みにおける構造的課題を明確化することを目的とする。