傷害シミュレーション技術による日常生活空間における受傷環境の時間·空間的可視化

摘要

傷害は人間－環境－モノの三要素のシステム不調和により発生する．例えば，家庭内においてテーブルから子どもが落下し，頭蓋骨骨折という転落事故による傷害発生事例があったとする．この場合，人間の因子として体格，骨の剛性，発育に伴う行動パターンの変化，環境の因子としてよじ登りを可能とした家具の配置，モノの因子として床面特性やテーブルの高さなどが考えられ，これら因子の関係を適切に設計していればその発生を予防することができる．したがって，傷害予防の観点からは人間－環境－モノの各々の境界における特性を制御することが重要である．そのためには，家庭内環境の至る所に存在する三要素のシステム不調和の発生地点を空間的に把握するとともに，それに伴い発生する傷害の重症度を定量的に把握しなければならない．実事故データ収集により得られる傷害データは，傷害発生箇所や重症度の同定に必須である．しかし，広大な実生活空間を空間的に網羅するほどの数はない．したがって，傷害発生箇所と重症度の関係を空間的に補間し，潜在的な傷害危険個所を同定する手法が求められる．また，傷害データに基づいて，適切な傷害予防策を提案するためには，その傷害発生原因を深く理解することが先決である．そのためには，傷害発生前から受傷後の状況に至るまでの時間軸に沿ってどのような過程を経て傷害に至ったのか（受傷プロセス）ということを詳細に知る必要がある．しかし，傷害データが含む情報は傷害部位などの受傷プロセスの一点である「結果」に関する情報もしくはモノや環境の情報など静的な情報が主である．最も必要とされる傷害プロセスに関する情報は目撃者がいれば取得できるが，目撃者が存在する症例はまれであり，存在したとしてもその記憶はあいまいなことが多い．すなわち，傷害発生の時間軸において疎な情報のみを含む傷害データに基づき，事故発生前から受傷後の状況に至るまでのプロセスを時間軸に沿って補間することが必要である．以上より，事故の要因を探り人間－環境－モノの三要素からなるシステムを制御するためには，事故前の環境から受傷に至る時間的プロセスに関する時間情報を補間したり，潜在的な危険領域の情報を空間的に補間したりし，それをわかりやすく可視化する必要がある．そこで，仮想空間内において大量の傷害シミュレーションを行えば，潜在的な危険個所を同定し可視化することができる．また，傷害シミュレーション技術により，実傷害データから逆問題的に傷害プロセスを同定すれば，傷害発生に至る時間情報を可視化することができる．そこで本稿では，特に頻度重症度の高い乳幼児の頭部傷害に焦点を当て，傷害シミュレーション技術を活用することにより受傷環境や状況を時間もしくは空間的に補間·可視化する手法について述べる．