生産原論のすすめ

摘要

東日本大震災による原子力発電所の事故では，関係企業の倫理観の欠如によって深刻な汚染を引き起こし，いまも重大な影響を及ぼし続けている．今更ながら，技術が人命，社会構造，人々の価値観に大きな影響を及ぼすことを実感する．このような時代にあって，大学における技術者倫理教育はその重要性を増している．しかし，理工系教員にとって人文科学に位置する「倫理」は専門外であり，どのように講義を行って良いのか迷うところである．大学·高専によっては，哲学·倫理の専門家に講義を担当させるケースも見受けられる．ただし，文系の彼らにとって技術は専門外であり，彼らの専門分野に「技術者倫理」という単語はない．一方，学生は入学直後から基礎科目，専門科目に専念し，広い視野から工学全体を見つめる余裕はない．よって，これから目指すべき技術者とは？技術とは？という重要な認識について考える機会は皆無である．毎年，入学者の数％は進路に迷いが生じて学習意欲をなくし留年してしまう．これは入学初期に上記の認識を持てなかったことと無関係とは到底思えず，初動教育の重要性を感じている．1982 年には小林昭氏（元埼玉大学教授）によってモノづくりの本質を追究する学問「生産原論」が提唱された．その中心課題は，「技術者の生産哲学·倫理」の認識であった．小林氏はこの課題に対し，若者教育の果たす役割の大きいことを主張し，1988 年，埼玉大学工学部機械工学科に「生産原論」が開講された．現在は技術者倫理教育と初動教育として，筆者が講義を担当しているが，日々講義内容や教授法について試行錯誤を繰り返している．本報では埼玉大学における講義「生産原論」の内容と学生からの講義評価について紹介する．