歯茎摩擦音/s/発音時における上下前歯の過蓋咬合が口腔内気流動態に与える影響

摘要

無声歯茎摩擦音/s/は子音の一つであり，舌先端と歯茎で狭窄を構成することにより調音が行われる．これまでに，野崎によって，/s/発音時には舌先端部と歯茎部で構成される狭窄において気流がジェットとなり，その下流にある前歯に衝突し，そこから渦放出が認められることが明らかとなった．また，我々は，/s/発音時の口腔内の特徴を単純化した口腔モデルを作成し，数値流体解析及び実験的音響解析を行うことにより，前歯に相当する阻害壁上端部において流れが剥離するとともに，Powell 音源が阻害壁上端部に存在することを見出した．これらの結果より，我々は，前歯の存在が無声歯茎摩擦音/s/を発音する上で重要な役割を担っていることを明らかにしてきた．臨床的研究によれば，骨格異常により上下顎前歯の被蓋がない患者の場合，/s/音を発音しようとしても異なる音が発せられたり，また，/s/音が発せられる場合でも発音する音が正常人と比較して小さくなるといったことが報告されている．このことから，無声歯茎摩擦音/s/を発音する上では，単に前歯が存在するか否かというだけでなく，上下前歯の垂直被蓋の度合いが/s/の発音に影響していることが推察される．そこで，本研究では上下顎前歯の過蓋咬合に注目した口腔モデルを作成し，上下顎前歯の過蓋咬合の度合いをさまざまに変化させることによって，過蓋咬合の度合いが口腔内の流れに与える影響について調べた．