神経細胞新生から見た向精神薬の作甩機序

摘要

従来，成体の脳に存在する神経細胞は総て胎生期または周産期に創られていると考えられていた.しかし，現在では側脳室周囲と海馬において神経細胞が新生されることが明らかとなってきている.海馬では下顆粒細胞層に神経幹細胞が認められ，そこから神経前駆細胞，未熟な神経細胞，成熟した神経細胞へと分裂，増殖， 分化していく.創造された神経細胞は既存の神経細胞との接触をもち，新たなニューロンネットワークを形成し， 記憶を含む脳機能変化を生じさせうることが報告されている.うつ病発症に大きく関与していると思われるストレスは，海馬における神経細胞新生を抑制する.さらにSSRI, NRI, MAO阻害剤，電気痙攣療法など臨床的にうつ病の治療として確立された処方が総て神経細胞新生を促進させることが報告され，海馬の神経細胞新生とうつ病治療の接点が注目されてきた.我々はこれまでに，抗うつ薬や気分安定薬が神経細胞新生にどのように影響しているか，またそのメカニズムについて検討してきた.その結果，抗うつ薬の慢性投与が成熟顆粒細胞におけるcAMP-CREBカスケ一ドを介して，間接的に神経細胞新生を促進していることを明らかにした.さらには成体海馬歯状回から単離した神経前駆細胞（ADP)を用いて，抗うつ薬ゃセロトニンに直接作用がないことを明らかにした.また，糖質コルチコィド受容体のァゴニストはADPの増殖を抑制し，リチウムはGSK3beta-beta-catenin/TCF pathwayを介してその抑制効果を阻害することを明らかにした.一方,統合失調症の死後脳では海馬神経細胞新生が減少していることが報告され，さらには有力な候補遺伝子であるDISC1のノックアウトマウスで，異常が示されている.非定型抗精神病薬は側脳室下帯の新生神経細胞数を増加させることが報告されている.一方，定型抗精神病薬にそのような効果が見られないことから，非定型抗精神病薬が側脳室下帯の神経細胞新生を促進し， 前頭葉により多くのニューロンを供給し，認知機能の改善効果を示すのではないかと考えられている.