鳥海山麓の桑ノ木台湿原周辺における晚氷期以降の 植生変遷と「鳥海ムラスギ」の消長

摘要

鳥海山は秋田、山形県境の日本海近くに位置する火 山で，多雪地型の植生が発達している.著者らは，山 麓の山地帯ブナ林域にある桑ノ木台湿原で採取した堆 積物試料を用いて，年代測定，花粉分析，微粒炭分析 を行い，晚氷期以降の植生変遷史を明らかにした.晚氷期前期のほ-13ka (15，000-13，000 calyBP)には， カバノキ属が優勢で亜寒帯針葉樹が随伴する花粉組成 を示したが，草本種や低木種の花粉割合が大きいこと から，湿原周辺には偽高山帯的な景観が広がっていた と考えられる.晚氷期後期から後氷期初頭の13-8.5kaには，カバノキ属が減少しブナ属が増加して拮 抗するようになったが，依然として草本種が優勢で森 林の形成は遅れた.その原因としては，調査地の標高 が約700mとやや高いことが影響している.8.5ka以 降，湿原周辺の草原は次第に衰退し，ブナが優勢でコ ナラ亜属などの落葉広葉樹を伴う密な森林が形成され た.ブナ属の優勢は現在まで続いている.スギ花粉は, 晚氷期から連続して検出されることから.現在湿原付 近に生育する天然スギは当時よりすでに分布していた と考えられる.その後，後氷期中期までスギの拡大は なかった力5—, 3.3ka頃から増加し始め，3-lkaにカゝけ て優勢を保った.lkaになると微粒炭が急増してスギ は減少し始めた.その後，イネ科をはじめとする多く の草本種が増加し.スギは衰退した.この状態はAD 1850頃まで続いた.こうした一連の植生変化の要因 としては，伐採による木材利用や火入れ等の人為的な 影響が考えられる.AD1850頃以降になると，人為的 影響は減少して草本種が衰退するのに対して，植林の ためにスギは再ぴ増加し，現在に至っている.