リスクベース工学の新展開：リスクベース工学導入の意義

摘要

材料や機械構造物の安全には，確率的にゼロといえるような絶対安全は無いことから，いかに故障確率を低くするかという課題を解決するために，信頼性工学におけるさまざまな手法が構築され発展してきた．一方，頻繁に起きるが損害が小さい事象や，殆ど起きないが起きると莫大な損害をもたらす事象について，統一した指標を用いて評価することにより合理的な対策立案ができるという考えから，リスクという概念が提案され，プラント·機械構造物などの設計や保全にかかわる分野に幅広く適用されるようになってきた．これらはそれぞれリスクベース設計やリスクベース保全などと呼ばれているが，工学の枠組みを利益と損失などの社会的ニーズにつなげるための統一的な形としてリスクベース工学が提唱されていることから，その基礎と応用という構成で5回連載の講座を企画した．本講座では，まずリスクベース工学とは何かという定義とその導入の意義を明確化し，さらに信頼性工学に対してリスクベース工学はどのような位置づけにあるのかについて解説する．これらはリスクベース工学の基礎というべきものであり，特に信頼性工学との関係に焦点をあてた解説としては初めてのものである．次に，リスクは社会における安全·安心や利得·損害に深くかかわるものであるから，社会とリスクベース工学の関係について論じ，応用する際に幅広い観点が必要であることを示す．さらに，リスクベース工学を実際の構造物に適用するための方法についてエネルギープラント機器を例にとって解説する．構造物におけるリスクは，外力や環境などの負荷因子によって時間とともに高まるが，このリスクの時間に対する変化の予測方法についても触れる．最後に，リスクの実際的評価に必要なデータベースとその活用の枠組みを構築する活動の現状を紹介し，リスクベース工学の基盤としての情報データベースの重要性を示す．安全性と経済性の双方の観点から工学的判断を下すことが求められる現代にあって，設計·製造·運用·保守のライフサイクル全般にわたって意思決定を支援するリスクベース工学の確立が急務であり，そのために信頼性工学をいかに活用していくべきか，また信頼性工学の体系にリスクの概念をいかに取り入れていくかについて，研究と実践面での取組みが発展していくことを期待するものである．本講座を信頼性工学にかかわっておられる方々のみならず，幅広い分野の方々に読hでいただき，活発な議論をいただければ幸いである．