スピネル化合物中のイオントラックの構造と不規則化挙動

摘要

本研究では，極めて高い電子励起密度を付与する高速重イオン照射によって形成されるイオントラックの構造と不規則化挙動を，ほぼ定比組成を有するマグネシア·アルミネート·スピネル結晶（MgO·1.1Al_2O_3）を対象に電子顕微鏡法により調べた．MgO·1.1Al_2O_3中のイオントラックは，中心部分に構造の乱れた領域（直径約2nm）を有し，その周辺は回折コントラストとして観察される格子歪みを含む領域（直径約5nm）が形成されている．陽イオン配列は，さらに広い領域（直径約10nm）に渡って不規則化される．電子的阻止能の高い350MeVAuイオン照射（約35keV／nm）では，イオントラック中心領域は，スピネル構造から空位を含む岩塩構造へ相変態することも明らかになった．相変態を誘起する電子的阻止能の臨界値は，25～35keVmであると推察される．以上のようなイオントラックの詳細な構造は，明視野および高分解能像観察と，電子チャンネリング法を相補的に併用することにより初めて明らかになったものである．本研究は，イオントラックが重畳しないような比較的低照射量での解析結果を示したものであるが，高照射量域におけるイオントラックの重畳効果を追及することも，MgO·Al_2O_3の非晶質化のメカニズムに関連する興味深い課題である．同時に，このことは原子力材料としてのMgO·Al_2O_3の使用環境を考慮しても，重要な課題である．本報で示した像観察と電子チャーンネリング法を併用した手法は，セラミックスのように複数の副格子から構成される結晶の照射欠陥の解析に有効な手法となる．