海馬から大脳皮質へ－睡眠中の記憶移動説

摘要

前回紹介した記憶のモデルでは，海馬は壊れやすい短期記憶，大脳皮質は安定した長期記憶を担っている。このモデルでは，短期記憶が長期記憶に変換されるとき，記憶情報は，海馬から大脳皮質へ移動しているはずである。そのような記憶の移動は，いつ，どのように起こるのだろうか？ゲームにハマった日の夜，そのゲームの夢を見て，翌朝には劇的に上達したという経験はないだろうか。また，試験勉強の一夜漬けで夜明けを臨み，「もうダメだ」とあきらめて眠ることにしたら，試験中は頭が冴え，思いのほかよくできたという経験はどうだろうか。筆者には幾度も覚えがある。これらの体験からも，睡眠の効用は，脳の休養やリフレッシュだけではないと思われる。おそらく睡眠は，長期記憶の形成に重要な役割を担っている。今回は，さまざまな動物実験や心理実験を紹介しながら，睡眠中に海馬から大脳皮質へ記憶が移動しているという仮説を検証しよう。特に，1990 年代後半から2000年代前半にかけて，驚くべき報告が相次いだ。