第9回カラカラに干からびても死なない秘密：極限的な乾燥耐性はどのように進化してきたのか？

摘要

生体を構成する分子で最も多いのは水である.生物種によってその量に違いはあるが，体重の約60～80%は水分が占める.そのため，体内からの脱水は生物に深刻な障害を与え，その状態が長く続くと死に至る.人間の場合，14%ほどの脱水で生き永らえることはできない.人間以外の生物でも体内水分が 50%以上失われるとほとんど死んでしまう.このため生物は， 5億年前に海から陸上に進出して以降，その進化の過程で乾燥ストレスに対抗する様々な生存戦略を編み出してきた.哺乳類を含むほとんどの陸上生物は，水欠乏の危機を乗り越える方法として，体内からの水分の流出を最少化したり水分の取り込みを維持したりする生存戦略をとる.一方，体内の水分が完全に失われても，ある程度の期間ならば生存可能な生物も存在する.乾燥無代謝休眠（anhydrobiosis)と呼ばれる休眠をする生物がそれに相当する.生命活動を再開させるためには，再吸水させるだけでよい.乾燥無代謝休眠による乾燥耐性を発揮する生物は，単細胞生物から高等動植物まで広く存在している.例えば，細菌，酵母，カビの胞子，線虫，ワムシ，クマムシ，アルテミアの耐久卵，植物の種子，復活草などが挙げられる．なかでも，昆虫の一種であるネムリユスリカ (Polypedilum vanderplanki)の幼虫は，乾燥無代謝休眠できる最大の動物である．筆者らの研究グループは，2000年にネムリユスリカの継代飼育を世界で初めて成功して以降，その分子メカニズムの解明に取り組んできた．本稿では，これまでの研究成果を概説するとともに，ネムリユスリカの極限的な乾燥耐性の進化を解き明かす方法について検討していく.