ガス雰囲気試料室による生きたミオシンフィラメントにおけるミオシン頭部のATPに対する運動の電子顕微鏡下の研究｜．実験条件の設定とミオシン頭部の運動の可視化

摘要

高倍率の電子顕微鏡下の生きた細菌などの微生物の観察は医学·生物学者の多年の夢であった．この目的のため，電顕内の試料室に水蒸気を循環させて試料を湿った（生きた）状態に保っガス雰囲気試料室が考案され，世界各国で研究が試みられた． しかし細胞の機能の電子線による損傷のため，生物試料の細胞レべルでの電顕観察は不可能であることが分かり，これらの研究は不成功に終わった． 筆者は生体を構成する，生きた（水溶液中でその生理的機能を保持した）生体高分子の機能研究にはガス雰囲気試料室が使用できると考え，1980年代から，我が国で隔膜型ガス雰囲気試料室を開発したH本大学深見研究室と共に研究を開始した． 研究目標は筆者のライフワークである筋収縮機構の研究の延長として，生きた骨格筋ミオシンフイラメント·クロスブリッジのA TP 加 水分解にともなう運動の電顕下の記録であった．筆者らは約10年の試行錯誤を経て，まず取り扱いの容易なミオシン·パラミオシン複合体フイラメント上のクロスブリッジの運動記録に成功した[1].この研究は学内事情により中断したが，筆者が勤務先定年退職後，日本電子株式会社で研究を再開し，脊椎動物骨格筋の生きたミオシンフイラメント·クロスブリッジのATP加水分解にともなう可逆的な変化の電顕下記録に成功し，多くの画期的な成果を得ることができ，現在も得られつつある[2, 3] .これらの成果は世界にさきがけて，生きた生体高分子の機能を電顕下に研究する道を開拓したものである． ここではまずガス雰囲気試料室について説明し，ついで筆者らの試行錯誤を含む研究の過程のそれぞれの時点での，筆者らの研究に対する国内外の反応についても言及したい． 本文が若い研究者の方々に刺激を与えることができれば，望外の幸せである。