内分泌撹乱物質による免疫撹乱作用 トリプチル錫によるTh1/Th2インバランス誘導

摘要

生体にとって有効な免疫反応には，抗原未感作のナイーブCD4陽性丁細胞から分化誘導される2つのTヘルパーサブセット（ThlとTh2）のバランスのとれた活性化が必要であり，一方のThサブセットの過剰な活性化は自己免疫疾患やアレルギー性疾患の原因となっているとされる．両Thサブセットはサイトカインを介して，それぞれ他方のThサブセットの分化/活性化を相互に抑制し，Th1/Th2インバランスを是正している．したがって，一方のThサブセットの選択的な分化/活性化の抑制によっても，他方のThサブセットの過剰な活性化を誘導し，生体にとって有害な免疫応答をひき起こす．近年大きな社会問題化しているアトピー性皮膚炎や喘息などのアレルギー性疾患は，単なる免疫機能の全体的な克進に起因するものではなくTh1/Th2インバランス誘導による免疫反応の撹乱により，過剰なTh2型の免疫反応が誘導されることに一部起因することが示唆されている．こうしたTh1/Th2バランスの変調は種々の環境要因によって誘導されることが示されているが，なかでも意図的，非意図的に環境中に放出された人工化学物質（環境化学物質）には生殖毒性を代表とする内分泌撹乱作用を発揮す－るものも含まれ，これら内分泌撹乱物質に上述の免疫撹乱作用のあることが懸念される．しかしながら報告されている内分泌撹乱物質の免疫毒性作用の多くは比較的大量の内分泌撹乱物質曝露による胸腺萎縮とそれに引き続くT細胞依存性免疫応答の全般的な抑制誘導に起因するものであり，環境中に微量に存在する内分泌撹乱物質の低濃度曝露による免疫毒性作用を，Th1／Th2バランスの失調による，免疫撹乱作用の視点から明らかにした報告はきわめて少ない．本稿では，雌性巻貝にインポセックスを誘導する内分泌撹乱作用が明らかになったトリプチル錫（TBT）のTh分化に与える影響について概説し，Th1／Th2インバランスによって誘発される疾患との関連について考察したい．