小特集--位相情報を考慮した音声音響信号処理: 調波構造に基づく位相復元を利用した音声強調

摘要

これまで音声音響信号処理において位相スぺクトル（以降，位相）は振幅スぺクトル（以降，振幅）とは異なり，時間周波数領域での振幅の処理後に時間領域波形を再構成するための副次的な特徴量とみなされ，位相そのものを扱うことは一般的ではなかった。音声音響信号処理における古くからの研究対象であつた雑音抑圧問題では，周囲の環境や通信の際に混入する雑音を抑圧し，音質をいかに復元するかに焦点が置かれている。時間周波数領域での処理において位相が復元されたときの音声品質への寄与は振幅に比べて少なく，人間の聴覚は位相の変化に鈍感であるという報告[1]により，振幅が処理対象になるのは必然であつた。また，位相は振幅のように調波構造や低域へのェネルギー集中といった明確な特徴がなく，統計的にも振幅がRayleigh分布で近似できるのに対し，位相は一様分布であるためモデル化が困難であつた。一様分布モデルの下では二乗誤差最小，事後確率最大化の意味では位相を処理しないことが最適である，というEphraimらやLotterらによる統計的な理論解析[2,3]もよく知られており，位相を重要視しない一因となった。更にスぺクトル減算法[4]のような図-1上段に示す位相を考慮しない音声強調であつても除去効果が十分であつたことも拍車をかけた。