ヘレニズム期のギリシァ劇場における舞台収納室と石列に関する考察: メガロポリス、スパルタおよびメッセネの比較分析

摘要

The present paper examines the scenery storage room and the stone lines of the Hellenistic Greek theatres and proposes possible function of the stone lines. The grooved stone line under the later proskenion wall of the Megalopolis Theatre might have been used for wooden scene panels. On the other hand, it is most probably that the wheeled wooden stage, more precisely, wooden proskenion and skene in the Theatres in Sparta and Messene were independent from each other and were designed to move mounted on top of a two-wheeled uniaxial carriage about 2.0-m wide.%古代ギリシア劇場のパロドスを改築した部屋やその内部の石列が、何らかの舞台装置と関係するとの見方は、過去の劇場研究者たちが揃って認めるところである。劇場の石列は古代文献に登場するscaena ductilis (描かれた舞台，ないし描かれた舞台パネルのセット）あるいはpegma (動く背景画と関連づけられてきた。こうした中、2007年のギリシァ古代都市メッセネの発掘において、劇場の東パロドスから壁で囲まれた部屋と溝のある三本の石列が新たに発見された。メッセネと類似する遺構は、いまから約一世紀も前にメガロポリスとスパルタの劇場で見つかつている。過去の研究から、両者のパロドスを改造した部屋はスカノスィ一力（ΣKANOΘHKA = Skene,スケーネ+ theke,収納）、すなわち舞台収納室であったことがほぼ確定している。他方、石列の機能については車輪付き木造舞台を走行させる軌道とする説と、木製の背景画パネルの装置とする説とがあり、意見が分かれてきた。いずれの遺構においても、木造と思われる上部構造の遺物はほとんど残っていないから、遺構の断片的な発掘資料のみで石列の機能を推定することは困難である。そのため従来の研究においても、互いの遺構を比較検討することによつて妥当な解釈を導く試みがなされてきた。この度メッセネで発見された石列も、その上部構造を示唆する考古学的資料は極めて少ない。しかし、メガロポリス、スパルタおよびメッセネ以外に類似する遺構は知られていないことから、地理的にも近い上記の三例を相互に比較することで、石列の機能をある程度推定できると考えられる。そこで本稿では、これら三棟の遺構の状況と従来の解釈を研究史に即して慎重に精査し、相互に比較検討した上で、それぞれに妥当と考えられる石列の機能を推定する。