白い箱から無色の網へ

摘要

技術発展に伴い、私たち設計者に残された職能は今後どこへいくのだろう。五感で知覚できる情報を人工的にコントロールできる将来になれば、建築の役割は実体的な形態を伴わない「白い箱」で事足りてしまうかもしれない。このような疑念を抱き今年の夏に展示させていただいた越後妻有ドリエンナーレの作品から、現在私が予測している建築設計の前途について記したい。この作品では、いわゆるデジタル情報と対立的な非線形で非再現的な人間の感覚•認知能力に着目し、ある現象を提案した。インスピレーションとなったのはAnish KapoorのVantablackがもたらす「立体を平面と錯覚させる感覚のハッキング」である。抽象的に構築された線群に光沢のない黒色塗料を施すことで、俯瞰して見ると奥行きが消失しどのように構成されているか認識することが困難になる状態を設計した。立体感を消失させると同時に線群内に鏡を散在させることで、実線/虚線•実面/虚面が現れ、恒常化した視覚的認識がより一層崩されていく。それゆえに、設営の最中に施工者は部材の位置関係や鏡面の有無の差がわからなくなり、何度も頭を打ってしまったことをここで記しておきたい。SNS等のメディアが発達し実体を伴わなし、仮想的な情報を取得できる時代だからこそ、実世界での身体の動きと感覚とが接続することで、環境への応答が人の数だけ生まれる状態を設計した。