機械加工技能者の視点を持たせる機械設計技術者教育手法の開発- 技能レベルに応じた機械図面読解プロセスの検討

摘要

機械部品の加工や組立などは熟練技能者の経験によって得られた技能に頼るところが大きい．特に，1/100 ミリメートルオーダ以下の精密加工には加工条件や加工方法の選択が重要であり，それらの決定には種々の要因を複合的に考慮する必要があるため，経験を積hだ技能者が必須である．機械加工の方法や技能者がどのように加工を行うかといった事は，機械の開発·設計技術者にとって制約条件として作用する．また，機械部品の設計にあたっては，必要な形状や精度を安価に製造できるように配慮する必要があり，機械設計技術者は機械加工技術と加工者の技能に関する知識が不可欠である．特に，設計者の意図を必要十分に加工者に伝達するためには，加工者がどのような観点で図面を検討し，加工工程を構想するかという観点を設計者が持つことが重要である．しかし，大学·高専などの高等教育機関における従来型の設計製図教育は，設計計算と作図が主体であり，実際の製造まで視野に入れた設計製図教育はあまり行われてこなかった．多くの場合，企業等に就職して実務に携わるようになった後，各企業におけるOJT を通じて経験的に学習されてきたと思われる．いわば各企業内での徒弟制度によって我が国のものづくり産業が支えられてきたといえる．しかし，近年では設計作業は３次元CAD で，機械加工はCAD のデータを基にNC 工作機械によって行われるようになり，設計者·加工技能者共に仕事の質が変化しつつある．このため，従来は熟練者からハンズオン教育によって伝承されていた経験的知識が若手に継承されなくなりつつある．経験的技能の伝承や形式知化といった試みが産業界·学術界から様々に取り組まれているが，それらの多くは実務レベルのものであり，大学·高専といった基礎教育段階まで普及するに至っていない．一方，高等教育機関における設計製図教育も新しい手法の開発が行われており，学生に対してより実践的な教育を行って設計者としての視点を涵養させようとする手法が提案されている．著者らが所属する米子工業高等専門学校機械工学科では，週3 時間で１年間（30 週）にわたる機械工作実習を１～３年次の３カ年にわたって行い，主に汎用工作機械の使用法や測定法などを体験させた上で，学生が簡単な機械を設計·製作まで行う授業を取り入れている．しかし，実際に学生が設計した部品の図面を見ると，設計者の意図を円滑に加工者に伝えるという配慮が欠落していると思えるものが多い．機械工作実習を経験している学生は加工に対する基礎知識は有しているが，実際の加工者がどのような観点で図面を読むかといった理解を得るには至っていないのが現状である．加工者がどのように機械図面を読み，工程の構想を立てるかは，いわば暗黙知と言われる明文化できない知識であるといえる．このような知識や観点の修得は経験的に行わざるを得ないことが多く，体系的な教授法の開発が求められる．そこで著者らは，学生のような初心者と高度な技能を持つ加工者で部品加工に対するアプローチの違いを抽出して比較することにより，学生自身が高度な技能者との観点の違いに気付くような知識の体系化ができるのではないかと考えた．本報告では，その基礎として学生自身がどのように図面を読解し，加工工程を構想するかを実験的に明らかにし，学生の技能レベルや経験による差異の抽出を試みた．