京壁における建材としての「土」が持つ機能性について

摘要

都の権威の象徴としての寝殿造りや書院造り、寺社建築が早くから発達した京都では、壁を塗る左官が職業として成り立ち、その技術が庶民の京町家にも転用されたものと思われる。結いのように互助的な建築では、本職の手をあまり必要とせず、しかも短期的な施工となるが、京町家を建造する時には、本職による長期的な施工となる。その結果、如何に早く·大量に·美しく壁を塗れるが、しかも自分の身体に負担を掛けず長時間施工できるようにと、色々と工夫を重くねて現在に至っている。特に材料の面から、より塗りやすい材料を作り出す努力をしている。藁苆を入れた壁土を直ぐに壁に塗り付けるのではなく、「寝かす」という作業を取り入れ、塗り付けるまでの発酵時間を確保し、急ぐ仕事の時には前もって仕事の受注があった段階で、荒壁土などは練り置きの作業に取り掛かるのである。世界の土壁施工を見ていると、握り取った土に水を加え、麦藁などを入れた後、直ぐに建築現場へ運び施工する場面が見受けられるが、施工件数が多かったであろう京都の左官職人は、使い残した壁土が塗りやすいという経験的な状況を踏まえ、それを作業工程に取り込hだものと思われ、結果的にはその行為が強度や美しさに大きな影響を与えたのである。また原材料として壁土は一度施工されたものであっても、再び水と藁苆を加えればバクテリアの働きにより発酵が開始され、新規の土と同じように施工可能となり、新たな土壁として生まれ変わるのである。更にその土壁を廃棄処分にしても元の土に戻るだけであって、環境にも優しい材料であるといえる。このようにして製造された材料は、強度の点についても藁苆の助けを得て、大きな力を発揮している。確かにボルトランドセメントや石膏プラスター等の資材と比べると土は強度において劣ってはいるが、左官職人にとって一番重要な問題は土そのものの強度よりも、「寝かした」ことによる作業性である。混入された藁苆の量に比して塗り易い材料となっているので、薄く塗り重ねができ、鎮圧も加えられ、京壁の手順に従った施工法により、壁倍率の点から見てもかなりの力を発揮するものとなっている。しかも地震などの時には、土壁が初めに破壊されることにより、柱や梁に加わる力を軽減している可能性も考えられ、今後その方面の研究、考察が進められる必要がある。