エチレンは,2つの炭素原子と4つの水素原子からなり,通常の条件ではガスとして存在する単純な構造の不斉炭素分子である.植物はこれを自ら合成しホルモンとして利用している.エチレンは発芽,形態形成,果実の熟成,老化,傷害応答,ストレス応答など,植物が見せる多様な生命現象に関わっている.植物ホルモンの作用を理解するためには,情報伝達経路の解明が必要である.そして,情報伝達経路の理解には,受容体の同定が必須である.植物ホルモンの受容体として最初に同定されたのは,エチレンの受容体である.現在では,ブラシノステロイドやサイトカイニンの受容体も同定されているが,今でもエチレンの情報伝達経路は,最もよく理解されている植物の情報伝達経路のひとつである.エチレンの情報伝達経路の研究は,主にシロイヌナズナを用いた遺伝学的解析を中心に進められた.エチレン応答に異常を示す突然変異体の分離および解析により,受容体をはじめいくつかの情報伝達因子が同定され,情報伝達経路が明らかになりつつある.90年代中頃までに得られた研究成果により,受容から遺伝子発現まで大まかではあるが,大体の因子が明らかとなった.また,同定された因子のアミノ酸配列を元にした機能予測から,出芽酵母の浸透圧応答と類似の情報伝達機構が働いていると考えられた.しかし,最近得られた知見により,エチレン情報伝達経路は想像以上に複雑で,他に例をみないものの様相を呈してきた.ここでは,エチレン情報伝達経路の研究について概説した上で,主に最近5年間で得られた知見について述べたい.また,近年ジャスモン酸,アブシジン酸など他の植物ホルモンとのクロストークが明らかとなり,それに関連した研究成果も多く得られているが,紙面の都合上割愛させていただく.クロストークについては,Wang et al.(2002)の総説に詳しく述べられているので参照していただきたい.
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