木蝋－その光と影

摘要

鉄器が普及して，青銅器が終焉を迎えたように，新しい化合物により，古いものが駆逐されるのは歴史の必然である．今は忘れられつつある，一昔前のバイオマスの花形の一つに木蝋がある．木蝋はハゼノキ（櫨）やウルシの実から，融点の高い脂肪を取り出したもので，石油化学製品が使われる前は，蝋燭や馨ずけ油，膏薬，つや出し剤として用いられ，無くてはならない高価な化合物であった．江戸時代，灯りに蝋燭をつかうのは，上流の人々に限られていた．蝋燭は行灯用の菜種油より高く，暗くなると寝た庶民にとっては一種の贅沢品であった．昭和の中ごろまで，日本紳士の頭髪をカチカチに固めていたポマードの基剤も木蝋であった．現在でも木蝋は和蝋燭として，そのあたたかな光が愛好家に好まれているが，石油を原料とする西洋蝋燭に，価格面では太刀打ちできるはずもなく，好事家限定の賛沢品である．今回は，この忘れられつつある木蝋の世界を紹介する．