痛みと情動障害：痛みの細胞記憶

摘要

要約："痛み"は，生体の防御反応というバイタルサインの役割を有する.一方，慢性疼痛ではこれを逸脱し， 生体にとつて痛みを提供するだけの病態像となってしまうことが多い.不定愁訴などに見られるように，持続的 な痛みは複雑な修飾によって痛みの閾値を変動させるばかりでなく，全身状態を悪化させる.こうした痛みの難 治化の機構を理解するためには，痛みを最終的に認知する脳内での変化と結びつけて議論する必要性がある.実 際に，痛みが慢性化すると，抑うつ，不安障害，意欲の低下を引き起こし，QOLを低下させる.こうした変化は 「脳内感作」が原因であると考えられている.すなわち，慢性疼痛による疼痛認知関連脳領域における持続的な シグナルの「On」状態が，脳各部位の過興奮を相互的に修飾し，痛みの慢性化ならびに情動障害を惹起すると想 定されている.報酬，快感，嗜癖，恐怖などに重要な役割を果たし，快楽中枢であると考えられている辺縁部神 経系は，主に中脳から投射する神経細胞の集団である.これまでのヒト疼痛発現患者の画像解析より，中脳辺縁 dopamine神経系の異常応答が神経障害性疼痛などの難治性疼痛の発現に寄与する可能性が示されている.しかし ながら，これらの仮説を科学的に分析している研究報告はほとんどない.そこで，本稿においては，我々の最新 の研究成果をもとに，慢性疼痛様刺激による辺縁部神経系の機能変化ならびに細胞のェピジエネテイクス変動に 基づく， 「痛みの細胞記憶」という視点から見た慢性疼痛病態の統合的脳機能解析について解説?議論する.こ うした研究べクトルは，難治性疼痛疾患の本質を理解するための大きな手がかりを見つけ出すきっかけとなるだ けでなく，根本的?早期疼痛治療方針を提示していく上で非常に重要な意味を持つと思われる.