アルコールによる脳神経回路網の異常:神経幹細胞を用いた修復の試み

摘要

要約：近年，脳画像診断技術の発展によって，アルコール依存症やうつ病を含む精神疾患における脳の構造· 形態学的変化が明らかとなり，記憶·認知機能の異常やうつ症状発現との密接な関連が推察されている.これまでに我々は，アルコールによる脳ダメージのメカニズムについて，脳神経回路の発達·修復障害という観点で培養細胞や死後脳を用いた解析を実施し，アルコールが神経細胞に影響を与える濃度よりもかなり低い濃度から神経幹細胞の分化機能を変化させることを見いだし報告してきた.また，アルコールによる脳障害の治療法の開発を進める目的で，アルコール脳障害モデル動物に標識した神経幹細胞を静脈から移植する方法で，神経幹細胞の脳内動態の可視化を図るとともに，行動学的評価を交えて脳神経回路修復法の探索の試みを続けてきた.In vitro での解析においては，神経幹細胞から神経細胞への分化能を評価し，転写因子CREBおよびNRSF/RESTの活性変化，および神経細胞特異的遺伝子発現変化について測定した.アルコールが，NRSF/RESTの結合活性と蛋白発現量の両方を増加させることで神経分化を抑制することが明らかとなつたがその機序に，細胞内の小胞体機能変化，および神経栄養因子シグナル伝達経路の変化が深く開わることが示された.In vuvo解析では，標識した神経幹細胞を胎児期アルコール症候群スぺクトラム障害（FASD)モデルラッ卜に経静脈的に移植し，移植神経幹細胞がダメージを受けた脳領域へ，より積極的に集まることを観察した.また，FASDモデルラットでは，不安·認知機能，および行動量に変化が生じ，その異常が，今回実施した方法での神経幹細胞移植によって，正常動物に近いレベルまで改善することが示された.神経幹細胞の静脈内移植によって，なぜ個体の行動が変わるのか，その脳内変化のメカニズムの解析について，移植神経幹細胞の脳内での長期の生存·分化動態と，有効性の持続期間などに焦点を当て解析を進めている.