未成熟脳：精神?神経疾患の中間表現型

摘要

統合失調症や双極性障害は，人種や地域にかかわらず総人口の約1%がかかり，十分な治療法が確立さ れていない深刻な精神疾患である.しかし，発症要因はもちろん，脳内でどのような異常が生じているのかについては未だによくわかっていない.我々の研究室では，これまでに160種類以上の遺伝子改変マウスや薬物投与 マウスの行動を解析した結果，統合失調症や双極性障害をはじめとする精神疾患患者の症状に類似した行動異常 のパターンを示すマウス系統を多数見いだしてきた.その中でも特に顕著な行動異常を示す複数系統のマウスの 脳を調べたところ，成体の脳であるにもかかわらず海馬歯状回の神経細胞のほとんどが擬似的に未成熟な状態に あるという現象（「未成熟歯状回」）を発見した.また，正常なマウスでも抗うつ薬やてんかん症状を誘発する ピロカルピンの投与によって未成熟歯状回に酷似した現象を誘導できることもわかってきた.さらに，この未成 熟歯状回に類似した現象は，統合失調症患者や双極性障害患者の死後脳でも生じていることが確認された.一方， 最近になつて複数の研究室から統合失調症患者の皮質や扁桃体にも擬似的に未成熟な細胞があるという報告がな されるようになつてきた.我々は，成人の脳であるにもかかわらず一部の細胞が擬似的に未成熟な状態であるこ とが，精神疾患の中間表現型の1つではないかと考えている.今後，脳の細胞の成熟度変化について発生メカニ ズムを解明し，その制御法を確立することが，精神疾患の新しい診断法や治療法の開発につながると期待される.