広がる住まい方の選択肢: 多様性と個を繋ぐネットワーク

摘要

——まずは，日本における家族のあり方，それに伴って住み方がどのように変化してきているのか，お伺いできますでしょうか？大月敏雄(以下，大月)まず大きな変化として，ひとつの敷地にひとつの家族というあり様が解体されてきています.19世紀中頃にロンドンで爆発的にスラムが広がり，その中で伝染病が流行しました.何百人もの死者が出てスラムの外，貴族にまで感染の危機が広がりました.そこで，原因となるスラムを解消するために税金を投じてスラム生活者のための公営住宅がつくられました.その際用いられた政策が，「ひとつの住戸にひとつの家族」を住まわせるもので，英単語の「ハウジング」の概念もここからきています.日本はそうしたイギリスの政策を100年以上前に輸入し,現在も続けているのです.日本の統計上「世帯」とは「家計が一緒である」,「同じ住戸に住んでいる」という要件で規定され,その両者を満たして初めてひとつの「世帯」として認識されます.ところが実際は，拡大家族的に親世帯と子世帯が近くに別々に住んでいたり，高齢化した親子が世帯は別だけど同居するケースがよくあります.僕は20数年前に同潤会アパートを調べた際にある家族と出会いました.終戦直後に夫婦が住み始めて，その後子どもが3人生まれたため住まいが手狭になると，たまたま空いた2階を買って子ども部屋として使い始めるのです.1階と2階を繋ぐのは共用階段ですが，実態としては，戸建てで1,2階を使って生活するのと何ら変わりありません.そのうち，そのお子さんのひとりが家庭を持つと，また，たまたま空いていた2階の子ども部屋の隣に住み始めました.さらに，そこで生まれた孫が大きくなると，また同じ階段室の3階の空き住戸を買って子ども部屋として使い始めるんです.最終的に3世代にわたる家族が同じ階段室を介した4住戸を使って生活していました.こうした現象は「近居」と呼ばれていて近年非常に増えています.団塊ジュニアより若い世代は以前に比ベて大幅に低い給料で働かされていて，共働きでないと生活できない時代になりつつあります.共働きで子育てをするとなると誰かの協力が必要になり，親世代の近くに住んで子育てを手伝ってもうらおうとなるわけです.その代わり，親世代に何かあった時は面倒見るよという契約が成立します.統計をとると，近居が親子の住まい方として理想的だと考える人が多いようですね.そうした近居のような現象は，住まい方が変化したというよりは，元に戻ったという方が正しいのかもしれません.戦前は兄弟，親子が近くに生活するのはごく当たり前のことで，「家族と家」というマッチングの多様性の広がりに対して，「ひとつの家にひとつの家族」による世帯の分析を基につくられる政策や計画案が，住まい方の実態に追いついていない現状があると思います.