大栄鉄工所施設建築群

摘要

思い返してみると線となっていた.そんな感覚である.千葉県にある鉄工所施設建築群のプロジェクトである.2012年からスタートし，鉄工所の施設だけにすべてが鉄骨造で，自社で鉄骨工事を行ってきた.現在，工場棟（3期まで)，オフィス棟，倉庫棟が完成しており，工場棟は4期の拡張工事中，オフィス増築棟，独身寮が計画中である.機能的には設備投資施設から居住施設まで，規模的には16m~2から7,000m~2まで，実に多様な建築の集合である.計画当初，業種や景気動向，成長中企業の施設であることもあり，確定的なマスタープランの作成は困難で，それぞれの段階の要件と予算に応答的に建築をつくることが求められた.自らの設計建物に近接して設計する行為は思ったよりも難しく，既設建物を可能な限り客観視し，折り合いをつけ，いわば数珠繋ぎ的に線として全体をつくってきたと言える.計画は核となる工場棟から始まった.自動化された産業建物の設計を超えて，できるだけ通常の建築として考えることを意識した.プロポーション,構造断面,構造ピッチ.ディテール，外皮の状態（光や風のシステム等）などを丁寧に検討していった.強い架構だけが突出したような空間ではなく，架構と外皮が一体となって空間の質を設えるような，産業建物とは異なった「建築」となり得たと思う.オフィス棟は人のための空間なので,工場棟と対比的に設え（仕上げ）として鉄を使おうと考えた.天井高さを確保しながら気積量を減らすような下向きの四角錐の集合体で構成した鋼板の天井をデザィンし，平面の行動を制限せずに質だけをコントロールするような空間とした.一方で，この鋼板を張弦効果のある折板として構造的に利用し，環境的にも天井部を断熱空気層と空調チャンバーとして活用し，設えでありながら全体のシステムに組み込んだ.これにより，部分的な設えと全体性を持った架構との中間のような存在となり，結果として両義的な鉄の使い方となった.その後，鉄工所の成長に合わせ，工場棟も拡張していき，その中で付帯設備としての危険物貯蔵庫，すなわち倉庫棟を整備することとなつた.鉄骨塗料などを保管する設備投資建物であり，工場棟以上に通常の設計のようなヒューマニズム的価値観を経由できない建築である.工場棟で産業建物が「建築」となった経験がなければ，そもそも設計できなかったかもしれない.危険物貯蔵庫は消防法により規定があり，壁を強固な耐火構造，屋根は軽量な不燃材料とし，爆発時に垂直に爆風を逃す必要がある.大抵が低予算からコンクリートブロック壁造，鉄筋コンクリート臥梁上に折板屋根といつた構成となるが，今回，コンクリートブロック壁造の非拡張性が成長企業にとって問題であった.そこで拡張可能なコンクリートブロック構造,すなわちコンクリートブロックの柱による架構とした.単体では弱いコンクリートブロックは，十字型に組み強度を上げることで柱をつくった.柱であるので鉄筋コンクリート臥梁は必要なくなり，それを鉄骨で梁を架け，コンクリートブロック柱に内蔵したφ=30mmの棒鋼柱と接合させ2方向ラーメンの架構としている.外壁に耐火性能が求められるので，柱間もコンクリートブロック壁とし，これは耐力を負担しない帳壁となり，拡張時にはこの壁を壊して空間を拡げていく.そのため，柱とは軸をズラすことで壁を取り外しやすくしている.組積であり架構，コンクリートブロック造であり鉄骨造，その横断にこの建築がある.それが，不可分に緊張感を持って一体となった関係となっている.工場棟，オフィス棟，倉庫棟は，規模も機能も異なりながら，鉄という共通項を経由して，結果，線として連続した.H形鋼，鋼板，棒鋼といった，質やスケール，意味合いを変えながら，鉄のあり方を多様に示してきた.計画中の建物もその線に連続するような，新しい鉄のあり方を示していくつもりである.