時代劇映画における中国建築理想像の生成映画『孔夫子』(1940年）の古建築表現を例に

摘要

映像史料は、映画史の分野では映画制作時期の社会事情を明らかにするための史料として扱われてきたが、建築史の分野では史料としてほとんど扱われてこなかった。それは建築史研究の目的が「復元」、つまり『過去にあったはずの建築を即物的に再現する』ことであったからである。映像（ここではドキュメンタリー以外の映画作品を指す）の場合、建築学の非専門家によって作られたセットにおける古建築の表現は建築史研究者に等閑視されてきたのである。時代劇映画に見られる古建築の表現に関し、今まで建築史の分野で行われてきた議論の多くは、すでに存在しない古建築の映画での表現と、現時点の建築史研究成果とを比較するものである。とくに中国ではほとんどの場合合致しないため、時代劇映画の古建築表現は「でたらめ」であると結論付けられてきた。ゆえに建築史の分野で時代劇映画の古建築表現を取り上げる研究はほとんどない。しかし、そこでは、古建築表現があくまで建築史研究の付属物と見なされ、映画作品の一部分としての意味と価値が無視されているのである。そこで、筆者は、映画制作当時における中国建築のイメージの構築をめぐる諸関係を把握可能な史料として、時代劇映画にみる古建築表現を捉えなおしたいと考えている。本論は、制作当時の建築史研究及び実物の建築と密接な関連を持つ時代劇映画に見られる古建築表現の事例に注目し、中国建築理想像の生成過程を明らかにする試みである。%Confucius (1940) is the first period movie in China in which a professional architect was in charge of the research and design of the set. This thesis makes it clear that, facing a serious lack of reference materials for the Spring and Autumn Period (B.C. 770-B.C. 403), the architect FEI Kang turned to materials from later times and adjusted them in a way following theories promoted by Chinese architectural historians in 1930s. At the same time, he implanted Modernism elements to the set to deal with the blank of studies on interior in Chinese architectural history field. This thesis concludes that the representation of ancient architecture in Confucius is thus a creative concretization of the ideal image of "Chinese architecture" implied in Chinese architectural history studies.