戦後イタリア建築文化における伝統論争: 新古典主義建築を背景としたアルド•ロッシの初期建築理論における根本理念に関する研究2

摘要

アルド•ロッシ（Aldo Rossi, 1931-1997)は、ミラノ工科大学の学生であった1950年代に、新古典主義建築論を展開していた。そこで論じられた建築や建築家はその後も一貫してロッシによって参照されており、これらの言説はロッシのその後の建築理論の理解にとって重要と考えられる。著者はこれまで、ロッシが1956年に発表した論文「ミラノの新古典主義建築における伝統の概念」を取り上げ、その議論の枠組みや理念を検討した(松井2015)。本稿では、この論文の背景である1955年の伝統論争を取り上げる。この論争は、戦前から近代建築運動に従事してきた世代とアルド•ロッシを含むミラノ工科大学の建築学生たちとの間で繰り広げられた。後者が19世紀建築を参照したこともあって、既往研究においてこの論争は、近代建築推進派と古典建築擁護派の対立として理解されている。論争におけるロッシらの立場をDurbianoは「近代運動という"新しい伝統"の手続き•形態モデルを危機に陷れる」ものとして説明し(Durbiano 2000, 42)、 Fiorelliは「近代運動の遣産の硬直した原理に文化的観点から"先例なき"オルタナティヴを付け加えようとする意志」を見てとっている（Fiorelli 2014, 137)。またAureliは「"現実の潮流"としての大衆文化を擁護し、近代運動のフォルマリズム的•形而上学的抽象化に対置させる」ものと位置付けている(Aureli 2007, 47)。このように既往研究はロッシらの伝統論を近代建築運動への批判•オルタナティヴと捉える一方で、伝統という観点からの両陣営の比較•考察は行われていない。しかしロッシら学生たちが近代建築運動世代との距離を感じていたのは、「伝統という概念やその解釈」(Canella 1955, 47)という点に他ならなかった。