距離の価値変化に着目した企業間取引ネットワーク構造変動に関する人工社会実験

摘要

複雑系の学問領域は，複雑なシステムの局所的な相互作用から全体的なシステムの挙動を論じるという観点を持つ.社会学領域に複雑系を持ち込むならば，必然·偶然を含hだ人間社会の歴史を再現可能な研究に展開可能である.社会学の古典で有名なエミール·デュルケームの社会分業論[1]を紐解くと，集合意識に関する概念や人間関係の有機的紐帯など現代の創発システム研究に通じる概念が多用され，古くからそれらの学問領域が展開されることが微かながら予見されていたと思わせる.従来の社会学系研究では，社会的現象の定量化に関しては個別的な発見を重ねる手法が主流であり，定量分析に関しては統計科学を駆使した手法が主に行われている.近年では，情報科学に関わるツールが普及したことで，部分の性質から全体の振る舞いを考察する手法も一般的に扱われるようになり，従来の手法では困難であった観点からの研究が盛hである.しかし，社会的な現象というのは，定量面よりも定性面での数量化が困難な研究対象であり，古くからその困難性が指摘されてきたことも周知の事実である.例えば，反証主義を提唱したカール·ポパーの著書[2] の中でも定性的ないし人心の内面に関わる定量化が論理的に矛盾を含むことが指摘されていた.また，社会科学の科学可能性に関しても[3],客観的な検証が本来的に不可能であることが述べられている.事実，社会と一言で言っても，様々な主体が構成されているために多元的であり，様々な意思決定を複数内包している.このため，立場論的な主張が生じてもその客観·妥当性を評価できない.物理現象のように人を何らかの粒子に見立てたとしても，それぞれを単純な反応を示す素子や自動機械に置き換えることは困難に思える.したがって，物理現象のように定量的数値としての扱いが容易な領域に終始する.Zipの法則が言葉のネットワークに発見されて以来，インターネットのリンク関係や人間関係のネットワークなどにおいても同様にべき乗則として発見されてきた.しかし，先に述ベた社会科学の困難性から，過去·現在まで法則性が一貫しているからと言って，将来·未来に至るまで一貫して法則性が共通するという必然性は無い.したがって，社会現象を科学するためには，構成要素内において機能する多様な意思決定を考慮したマルチ·エージェント的モデル化と定性·定量を含めた従来手法の併用により多面的に分析することは有効と思われる.