フィブリン凝集塊形成の数値シミュレーション：個々の凝集条件が凝集塊構造に与える影響

摘要

深部静脈血栓症とは，下肢の静脈内で血液凝固反応の促進により血栓が形成される疾患である．下肢部血管壁で形成された血栓が何らかの力学的な要因で剝離した場合，血流に乗り，肺まで運搬され，肺塞栓症を引き起こしうる．そのため，血栓の力学的性質を理解することは医工学的観点から重要となる．一般に，血栓は血液中のタンパク質であるフィブリノーゲンをはじめとする血液凝固因子の連鎖反応によって形成される．この血液凝固反応の最終段階では，トロンビンの触媒作用によってフィブリノーゲンがフィブリンに変化する．フィブリンは左右対称な構造をとり，中央のE領域と両端のD領域で構成される．E(D)領域が他のフィブリンのD(E)領域と結合を繰り返し，20～25個のフィブリンが直列に重合した2重鎖構造のプロトフィブリルが形成される．続いて，プロトフィブリルの側面同士が結合（凝集）し，繊維状のプロトフィブリルによるネットワーク構造，フィブリン凝集塊が形成される．この繊維状プロトフィブリルの凝集過程における分岐形成が凝集塊内部のネットワーク構造の特徴を決定すると考えられる．フィブリン凝集塊は血栓の主要な構成要素であり，その特性や内部のネットワーク構造が血栓の力学的性質と関連することが指摘されてきた．しかし，フィブリン凝集塊の形成は，化学反応を起点にレオロジー現象に派生するマルチフィジックス問題を有するだけでなく，空間尺度としてタンパク質(～45 nm)から繊維構造(～10 µm)に至るマルチスケール問題を構成する．このため，各過程および重合に関わる構成要素が最終的な凝集形態に与える影響を統一的に議論するのは非常に困難とされてきた．