円滑性追跡眼球運動のモデル：MSTd-MSTl回路網による適応的視標運動予測

摘要

運動する滑らかな視覚ターゲットを，網膜の上の，視角にしてわずか数度程度しかない中心窩で捉えるための眼球運動はヒトやサルに特有で，円滑性追跡眼球運動と呼ばれる．ヒトの円滑性追跡眼球運動に関わるフィードバック·ループには130ms程度の遅れがあるにも関わらず1Hz程度までの正弦波運動する視標を遅延なく追跡することができる．この高い性能は，視覚フィードバック制御や，眼球運動や運動指令の正帰還型のモデルだけでは理論的に達成不可能であり，脳は視標運動の記憶を利用していると考えるのが妥当である．この観点から，Shibataらは円滑性追跡眼球運動の特に維持相を説明するための予測制御モデルを提案した．本稿では，Shibataらの提案したモデルを，従来良く調べられてきたMSTdニューロンやMSTlニューロンの知見を取り込んだモデルに発展させることである．提案するモデルでは，MST野に仮定した，「視標状態の推定」と「視標速度の予測」機能が，MSTlニューロン群やMSTdニューロン群が構成するネットワークによって実現される．また適応機能がスパイクタイミング依存可塑性で実現される．また，本モデルに沿って，従来不明であったMSTdやMSTlの機能的役割り分担を説明する．