2016年度三賞受賞者の紹介

摘要

麹菌は、1000年以上の昔から我が国の発酵醸造食品製造に利用されてきたことから、我が国を代表する工業微生物であり、「国菌」とも称されている。しかし、麹菌の古典遺伝学的解析の困難さから、分子レベルにおける解析は同じ醸造用の真核微生物である酵母に比べてきわめて遅れていた。受賞者は麹菌における遺伝子導入法と宿主ベクター系を世界で初めて確立するとともに、醸造産業上有用な酵素遺伝子(α-アミラーゼ、グルコアミラーゼ、α-グルコシダーゼ、酸性プロテアーゼなど多数)のクローニングと構造解析を行い、これらの酵素遺伝子を多コピー導入することにより高生産性株の育種が可能であることを示した。また、麹菌の生産する最も特徴的かつ重要な酵素であるアミラーゼ系酵素遺伝子の発現制御に関与する転写因子を見いだすとともに、その発現制御ネットワークを明らかにした。さらに、醸造現場で用いられる固体培養条件下で特異的に生産されるグルコアミラーゼやプロテアーゼなどの醸造上重要な酵素遺伝子の発現に関わる転写因子も発見した。受賞者による麹菌の遺伝子工学技術の確立は我が国の糸状菌における分子しベルの研究の端緒を開き、多くの大学や企業の研究者が糸状菌の分子生物学研究に参入することにつながっただけでなく、麹菌の全ゲノム解析を主導して完成させるなど、我が国の糸状菌研究の発展に大きく貢献した。特に、宿主ベクター系と高発現プロモーターを用いた有用異種タンパク質生産を可能とし、最近では医薬品のリード化合物として期待される糸状菌の二次代謝化合物の生産系の構築を通して生合成経路の解明にも大きく貢献している。