量子情報と時空の物理量子情報物理学入門

摘要

物理学では多くの場合，対象そのものの性質に興味をもっ.一方で，情報理論では，対象へ加える操作に着目する.この点が，物理になじhだ研究者が，量子情報をとっつきにくいと感じる一つの理由だろう.本書では，最初の4章で，物理学者向けに量子情報理論の基礎である量子情報と量子状態（1章)，量子測定（2章)，量子操作（3章)，量子もっれ（4章）を解説している.量子情報論での独特な言葉使いが所々，無意識に使われてはいるものの，時間をかけて自分なりの言葉に置き換え読hでいくと，なるほどと思われる事実が述べられている.例えば，ある量子状態を完全に複製することは不可能である，という量子複製禁止定理(1章）.証明の簡単さと，定理がもつであろう奥深さに思いをはせることができる.また，どれほど忠実に量子状態の近似複製が可能なのかが，量子系に対する操作の一例として3章で議論されている.この本で，私が一番面白かったのは4章である.量子もつれは，簡単な概念だが奥が深い.何をもって量子系がもつれていると定義するのかは，実はそれほど簡単ではない.量子もつれに40ページほどの分量が割かれ，丁寧に解説されている.物理屋の発想だと，量子もつれは，その状態の対象としての性質と考える.しかし，本書では，量子情報的な発想に基づき，量子的な操作との関係で議論されている.この見方は，私には斬新で面白かった.また，量子もつれの指標としてエン夕ングルメントエントロピーがよく知られているが，それ以外にも，ある種の量子操作で定義されるネガティビティとよばれる物理量が存在し，より一般的な有用性をもつことを，本書ではじめて知った.このような見方があることを知るだけでも本書の価値はあると思う.