農学教育、研究におけるフィールドサイエンスの役割-北里大学八雲牧場における実践-

摘要

明治を起点とする近代畜産は外来畜産の導入から始まり，昭和36年の農業基本法の施行と併せて大学農学部に畜産学科が新設され，国公立の畜産試験場など教育、試験研究分野が拡充強化された。 これに伴って畜産業は飛躍的に拡大し，その規模はEU畜産先進国とほぼ同等となった。 畜産学の研究水準も国際レベルに達し，クローン技術など生殖工学分野の先端研究の一部は世界の研究をリードする状況である。 このように畜産学の進展，この成果を応用した畜産技術の開発と畜産業が一体となって推進された結果，今や日本人の食生活において，畜産物は主要な位置を占めている。 平成12年度における稔務省統計局「家計調査年報」によれば，1世帯当たりの年間食料消費支出金額は，穀類が91，367円（そのうち米は40，846円），肉類は80，775円，乳卵類は44，955円，生鮮野菜は68，350円で，これを全体の支出費に対する割合で示すと，米は4．2％に対して，畜産物は12．9％と米を大きく上回っている。 いうまでもなく米の消費が減少傾向であるのに対して畜産物，特に牛肉消費はBSEの影響で大きく落ち込hだが，長期的には増加傾向にある。 他方，平成12年度の国内の農業生産構造をみると，農業稔産出額に占める米の割合は25．5％，畜産の割合は26．9％と畜産業がトップの座を占めている。 しかし，今日の日本の食料自給率は40％と極めて低く，家畜の飼料自給率に至っては25％しかなく，輸入穀物飼料に依存した畜産が食料自給率低下の主要な原因となっている。 このため食料自給率を高めるには，飼料自給率向上が大きな課題である。 （このように畜産が環境に調和した持続的生産から大きく逸脱した経過を振り返ってみると，）これまでの技術開発は飛躍的に生産効率を高めたが，資源循環や国土、環境保全からの研究や技術開発は看過されてきたといえる。 当時の社会経済状況下ではやむを得ない選択であったのであろうが，物質循環を欠落した自国の農業に対する農学の貢献は片手落ちであったと言わざるを得ない。 もちろh，一国の農業の振興は自然条件だけではなく，社会経済的な影響を強く受けるわけであるから，農業技術の開発は自然科学と社会科学との密接な連携のもとに取組む必要がある。 明治の著名な農学者，横井時敬博士の「農学栄えて農業滅ぶ」という有名な言葉がある。 この言葉は，多くの人々によって引用され，100年過ぎた現在も風化していない。 「農学栄えて農業滅ぶ」で示された農学は，本当の意味でわが国の多様な生産現場を基盤として出発し，将来を見据えて総合化された農学であったのかが問われている。 ここにこそ，フィールドサイエンスセンター設置の今日的意義がある。