脂質膜上に創る人エシグナル伝達系－バイオインスパイアード分子ロジック回路の構築を目指して－

摘要

生体機能を化学的に理解しようと19世紀半ばに産声をあげた生物有機化学（bioorganic chemistry）は，1970年代になるとバイオミメティックケミストリー（biomimetic chemistry）として人工系への展開の重要性が認識され，その後，生物無機化学，生物物理化学などと融合しながら，1987年のPedersen，Cram，Lehnのノーベル化学賞受賞をきっかけに超分子化学（supramolecular chemistry）として大きく発展してきた．一方で生物そのものを対象にしたバイオサイエンスの研究は，分子生物学の急速な進展によって大きく開花し，最近では遺伝情報の解読を契機にIT技術との融合を図る情報生命科学（bioinformatics）という学問領域が新たにかたち創られつつある．このように，生体機能をみつめる化学は，現在，複数の学際領域にまたがった広い視点からのアプローチが要求されている．このような流れの中で，生体機能の単なる模倣にとどまらず，生体系の優れた機能を発想の源として，生体系をも超える化学を創出しようとする「バイオインスパイアード（bio-inspired）」という概念の重要性が指摘されている．本稿では，このような観点からの生体機能化学へのアプローチの一つとして，最近われわれが興味をもっている細胞のシグナル伝達系と，それを意識した分子ロジックデバイスの開発に焦点をあてて述べる．