金属電子論

摘要

物性物理学では金属電子論（electron theory of metals）という表現は使わないようである。 二十世紀の始め，量子力学が金属の電子状態，特に伝導帯を記述して，金属や合金の性質·挙動を明らかにし始めた時に，冶金学がこの用語により新学問を表現したのであろう。 化学に関連して電子は既に当博物館で散見されたが，十九世紀の化学結合やイオン化説や電気分解·製錬，電気伝導などの歴史に較べて，電子の発見やその金属中の挙動を論じ始めたのは1世紀ほど後である。 実際,電子の存在をトムスン（J.J. Thomson）が確認したのは世紀末の1897年であり，金属の自由電子（free electron）モデルをドゥルーデ（P.K. Drude）が提唱したのは1900年であった。 彼は金属中をガスのように自由に動く電子があって負の電気を運ぶとした。 これでは，電圧を掛けると電子は際限なく加速されそうであるが，配列原子と衝突散乱を繰返すから，電圧に比例した定常的な電流となり，オームの法則が得られる（熱伝導も衝突する電子が格子の熱エネルギーを運ぶ）。 秀才の彼はベルリン大学の教授となったが，翌年の1906年に43才の若さで自ら世を去った。 前に述べた統計熱力学の創始者,オーストリーのボルツマン（62才）が命を絶ったのも同じ年であった。