文学の生まれる場所 －宮沢賢治と東北（7）－

摘要

「ビヂテリアン大祭」で描かれた宮沢賢治の菜食主義思想の問題を，今回はその実生活における実践と，賢治の法華経信仰に大きな影響を与えた国柱会との関係から探っていきたい。 「我々のまはりの生物はみな永い間の親子兄弟である」（「ビヂテリアソ大祭」）という宮沢賢治の共生の思想は，しかし，その裏面に生物は「生きる」ために他の生命を「食べる」という事実を，すなわち自らの食糧となる生き物を他殺するという行為によってのみ，初めて自己の命が保たれるという原理的葛藤を引き起こすことになる。何かを食べて生きるという行為そのものが，実は他者の命を奪うことによってしか成り立たないというこの難問を解決する為に，必然的に呼び起こされたのが賢治にとっての菜食主義であった。 無論，菜食主義もまた，命あるものの殺傷とその摂取という食物連鎖の宿命から自由ではない。 神が人間に食用として動食物を与えたという『旧約聖書』の記述を根拠に肉食を許容してきた西欧社会において，優等な種が劣等な種の命を奪い，食すという弱肉強肉の種差別主義（スピーシズム）の思想が支配的であったことと比べるならば，賢治の仏教的な菜食主義は生きる為に必要な「殺生」を最小限度にすること，いわば利己心や過剰な快楽によっていたずらに命を取らないという節度によって，自らの「因果応報」を最小化しようとする方法であったと言えるだろう。