墨滴

摘要

愛知県西尾巿吉良町に黄金堤という場所がある。当時の領主が領民と共にー夜にして設けたと伝わる長さ約180メートル、高さ約4メートルの堤防だ。水害で悩まされていた土地が、築堤で黄金のような稲穂の実る田になつたことから、黄金堤と呼ばれるようになつたという►同市在住の友人の案内で現地を訪れた時、「(領民のために堤を築くような)慕われる良いお殿さまだつたんだよ」と説明された領主の名は、吉良義央(よしひさ)。一般には「忠臣蔵」の敵役、吉良上野介として知られている►忠臣蔵は赤穂藩主の浅野長矩(ながのり)が江戸城内で義央に切りつけたことを契機とする、元藩士たちの討ち入りの物語の総称だ►史実を脚色した人形浄瑠璃や歌舞伎として広まつたため、創作が史実と思われている部分も多く、例えば長矩が抜刀した理由さえ複数の説があり、これが事実だと断言することはできない。一方で地元史の研究も進み、黄金堤の築堤が義央の手になるものではない可能性も指摘されている▼きょう2日は義央の生誕日に当たる。物語のような暗君だったのか、それとも地元に伝わるような名君だったのかは今後も論争が続くだうう。義央の評価の違いは、同じ物事でも立場により見え方が異なることを教えてくれる。時に思い返し、一方的な見方に固執していないかを振り返りたい。