4.人間工学的アプローチ

摘要

医療業界は産業界の技術発展の恩恵を最大限に受けている分野の一つであろう.周りを見渡すと患者の生命の維持や回復のためであったり.状態を数値化したり，可視化したりするための機器が所狭しと並hでいる.例えば，患者情報として基本的な心拍数·血圧·体温といったバイタルサインを定量的に評価するために，体温計や血圧計等の機器が使用される.このような機器を用いて生体情報を数値化したり.computed tomography(CT)やmagnetic resonance imaging(MRI)等の画像診断装置を利用して可視化したりすることは患者の状態を客観的に評価するため.また情報を共有するために重要なプロセスである.さまざまな機器がそれぞれ特有の目的をもって使用されるため，当然ながら機能や操作方法も異なる.医療従事者は機能や操作方法の異なる機器を使い分け，操作し続けなければならないが，このような産業はほかに類をみない.特にわれわれ診療放射線技師は医療従事者の中でも多様な装置を扱う職種の一つであろう.初めて医療の現場に出たときに，あまりにも扱わなければならない装置の種類の多さに，愕然とした方も少なくないのではないだろうか？また，われわれを悩ませるのは装置の種類の多さだけではない.例えばCTは，検出器の多列化·高速化による広範囲撮影，高速撮影，高空間分解能により，心血管等の診断にも利用されるようになり多機能化された.このような技術革新がもたらす診療機器の多機能化に伴って，コンソールモニタ上にタブやボタンが追加されているが，多くの場合は，もとのアプリケーションソフトウェァの土台に追加されていくためィンターフェースはわかりづらくなる一方である.このような現状にわれわれは慣れきっているが,俯瞰的に医療の現場を見渡すとわかりにくく，使いにくいインターフェースがはびこっている.特に放射線診療に関連する装置においては，インターフェースがユーザの立場でデザインされていないと筆者は感じる.その要因のーつは.われわれユーザ側がユーザビリティゃインターフェースに対して鈍感なためではないかと思う.航空産業や自動車産業などの安全を第一に考えなければならない産業界では，人間工学に基づいた人間中心設計による高いユーザビリティの追求と安全なシステム設計への取り組みが盛hに行われている.一般的な製造産業においてユーザビリティの高い製品を作らなければ売れないのは当然なので，人間工学的なアプローチは浸透している.例えば，使いづらく，わかりづらいスマートフォンアプリは使われなくなり，売れなくなるのは自然の摂理である.しかし，われわれが使用している放射線診療装置はというと.ユーザビリティの低いものが自然淘汰されずに蔓延している.装置が高額で一度購入してしまうと，当然ながらクーリングオフなどはできないので我慢して使用し続けているうちに人やシステムを装置に合わせてしまう.統一されているのは電源ボタンとエマージェンシーボタンくらいで，その他のボタン配置.コマンドゃシーケンスなどに使われている用語，操作手順や方法など，ありとあらゆるものが装置メーカごとに異なっていて，標準化などは程遠い.同じ機能を果たす装置であるにもかかわらず，全く異なる操作を強いられ，それぞれ手順を覚えなければならない.このような非人間中心設計の装置を購入すべきではないのだが，なぜかわれわれは装置のハード的なスペックだけに目を奪われ.ユーザビリティを軽視してしまっている.その結果，改善に至らず，Bad UI(bad user interface：使い勝手の悪いユーザインターフェース)に埋没し.われわれは不安全な環境での作業を強いられている.医療機器は飛躍的な技術発展を遂げてきたが，相反するBad UIのために患者を危険に晒している現状は.本来は最も安全でなければならない医療という産業の性質上，これ以上看過してはならない.