第32番 繖山 観音正寺

摘要

観音正寺は湖東の繖山(標高433メートル)の山頂付近にある。織田信長が築いた安土城から直線距離で1キロほどの峰続きといえばイメージしやすいだろう。開基は聖徳太子である。伝説では，太子が人魚を救うためにこの寺を建立したとされる。推古天皇13年(605)，太子が近江国を遍歴していたとき，湖畔の葦の繁みから人魚が現れ，えられた。かっては堅田の漁師だったが，仏法を信じず，手当たり次第に魚を採り無益の殺生をし，輪廻転生で生まれ変わると人魚になってしまった。この苦しみから逃れたいので成仏させてほしいと。そこで太子は，自らの手で千手観音を刻み，堂舎を建てて奉安したのがこの寺の始まりと伝えられている。観音正寺は琵琶湖に近く，周辺の人々の食は古代から湖魚によって支えられてきた。人魚伝説からは，土地の人々が琵琶湖の漁業資源に感謝しつつ大切にしてきたこれまでの歴史までもが視えるのである。