膜材料の耐久性と気候風土

摘要

人類は農耕技術を習得するまでは、季節に応じて移動する遊牧民であった。したがってその住居は仮設であり、自分たちの手で持ち運び、建設せねばならない。軽くて強く、収納と組み立てが簡単、雨風をしのぐ必要があった。選ばれたのは山羊の毛布や麻の織物。膜構造の原点となるテント(天幕)と呼ばれる構造である。織布からできる現在の膜材料は一般的に、強度を負担する繊維と耐久性を負担するコーティング材からできている。繊維はたいていの場合直交織物であり、旧来の麻や綿を編hだものから、1960年代になると合成繊維に変わつていき、ポリエステル繊維が一般化した。その後1970年代になると不燃性のガラス繊維が開発された。膜材の断面を見ると、縦糸を編むように横糸が波打っているため異方性がある。コーティング材はゴム系やPVAから発展し、ポリ塩化ビニル(PVC)が一般化した。さらに1972年にPTFE(四フッ化エチレン樹脂)がコーティングされたガラス繊維布(現在のA種膜材)が米国で誕生し、これによリ膜材の耐久性が一気に飛躍した。A種膜ができるまでは、テントとは上述した特徴とその耐久性の短さから仮設的に用いられるものであつた。1970年の大阪万博では、仮設建築物であるパビリォンなどに膜構造が多数用いられた。現在コロナ禍で、仮設のPCR検査場などにも空気で膨らませる膜シェルターなどが活用されているが、こちらも恒久建築物ではないので、PVCのポリエステル繊維膜が使用されており、その仮設性のメリッ卜は現在も生きている。一方、A種膜第一号は1973年ラバーン大学(米国)の学生センター図1で用いられ、47年経過した今でも現存している。A種膜材は北米で普及し、複数の体育館やドームに用いられた。北米から10年程度遅れ、日本にもA種膜の建築物が建てられた(1984年インテックスプラザ[大阪]など)。1988年には日本でもA種膜による空気膜構造東京ドームが誕生した。当時、膜材料·膜構造は建築基準法第38条の特殊な材料·工法として位置づけられていた。東京ドームでは恒久建築とはいえ、当時実績もないことから20年以上の耐久性と計画されていた。その後、併設した曝露試験体などで材料の健全性を確認しながら使用され、32年経過した現在でも、まだ張替を行っていない(上述インテックスプラザも同様)。A種膜の建築物はその後、国内でも多数のドームやスタジアムの屋根などに用いられ、膜材料も詳しい調査などがなされた。2018年には一般社団法人日本膜構造協会が「膜構造建築物の膜体部張替え判定の手引き」を作成·公開している。手引きのなかでA種膜の場合、竣工25年程度(調査後の判断期間も考慮の上)を目安に残存引張強度を測定することを推奨し、50%程度の強度低下を張替のーつの目安と定めている。膜構造は引張強度で構造を負担する材料であることに起因する。日本は地域によって気候風土も違い、劣化の状況はその環境によっても左右される。定期点検や日常点検で小さな異常も早期発見早期対策し、実物調査などで健全性を確認することが継続的に実施され、その劣化の状況を十分に把握することは、人間と同じで、膜構造をより長く使用するためには重要である。従来気候に応じて住居を移動していた人類が、定点に建築をするよう変化したことは、各地の気候によって建築側に求められる耐久性が異なることを意味し、膜材料のようなもともと仮設性が高かった材料については、適材適所な材料選定および使用中の実態把握がより求められることになる。