図形の回転角度弁別課題を用いた視空間認知機能の評価

摘要

本研究では，高齢者に多いと考えられる視空間認知機能の低下を検出するシステム開発に向けて，地理/空間情報を素材とした認知課題の導入を行動学的観点から検討した．近年，予防医療の分野において，要介護状態になる直前の心身脆弱状態である「フレイルティ」（Frailty）の早期発見/対処が重要との認識が広まっている．実際，高齢化の進む日本社会では，75歳以上の後期高齢者の多くが，この段階を経て何らかの要介護状態に陥ると考えられている．特に深刻な問題となっているのが，85歳以上の高齢者の55％にも及ぶ認知症である．この認知症に至るリスクのある状態として着目されているのが，「軽度認知障害」（Mild Cognitive Impairment:MCI）である．もともと，MCIは原因疾患の種類にはよらず，日常生活に関わる認知機能の障害が発生していることを示す概念であり,その検出のために「MMSE」（Mini-Mental stateExamination）などの心理検査によって記憶や前頭葉機能を評価することが推奨されている．しかし，既存の認知機能検査のうち，言語性のものは一度テストすると答えを覚えてしまうことが可能であり，また，動作性のものは運動機能が低下した患者や高齢者にとって純粋な認知機能を測定することが難しいという問題があった．また，認知症患者で特徴的な徘徊の原因の1つとして空間認知機能の障害の関与が推定されるが，MMSE等テストでは空間認知機能を調べる項目が存在しない．また空間認知機能の評価として頻繁に用いられる心的回転課題は，「異なる角度で図形の同一性を判断させる」ことが一般的だが，「同一の図形を回転させて回転角を判断させる」研究は数少ない．視覚神経科学においては，知覚優位性や初期視覚野のニューロン活動の方位選択性を調べる目的でグレーティング（縞模様）の角度を判断させる研究が行われているがが，高次脳機能としての視空間認知との関連で研究されているわけではない．実際に，認知症で徘徊する原因の地理的障害（街並失認および道順障害）の病巣は，左右の視覚情報を伝える脳梁膨大後域～頭頂葉内側部に存在する．また，日常生活では文字や物，顔などより複雑かつ正立がはっきりしているものが傾いた角度で存在して，それらを見分ける必要がある．